こんにちは☺ 子どものみかたブログです!
今回は、子どもにお勧めの映画シリーズで、
『ゴジラ-1.0』を取り上げたいと思います☺
私は、庵野監督のシンゴジラがめちゃくちゃ好きでしたので、かなり期待大!でした。
今回のゴジラ(ネタバレありです)
物語は、戦時中。
戦後のシンゴジラとは、ここが大きく違うところです。
もしゴジラが現れたらどうなる?!というのは、戦中の時代設定でも、シンゴジラと同じように、とてもリアルに感じられるように表現されています。
これが両作品の大きな魅力です!
ゴジラなのに、、笑
あと、私が個人的に映画を見ていいなと感じる点は、その謎解きや意外性などの物語性やドラマ性にあったりするのですが、今回のゴジラ-1.0は、映画としてのメッセージ性に強く惹かれました。
もちろん、物語としても魅力があるのですが、その物語と映像のリアルさや恐怖と相まって、伝えたいメッセージが強く強調され、伝わってきました。
それはどのようなものかというと、
というような部分です。
役割りや責任を取らないことを否定する
戦後、特にえらい立場の人間が、失敗しても、間違えても認めず、責任を取らずに何となく生き続けるということが、当たり前になってしまいました。
今後に活かすこともなく、やるべき役割や責任を果たさずに、なぜか生きながらえるという。
でも、人間なら
それをまずは認めないと、前に進みません。
認めることで初めて次に(次世代に)活かせるようになります。
自分だけ、自分の家族だけ、自分の会社だけ、自分の業界だけが良いというのでは、必ずしも
社会全体にとって、有益ではないことがあります。
大事なのは、精一杯した結果、もし上手くいかないことがあれば、客観的に評価してそれを認め、振り返り、次に活かす!ということを繰り返すことではないでしょうか。
そうすることで、この先の社会や未来を変えていくことが可能になります。
自己犠牲を否定する
誰かが犠牲になることで成立することなんて、あり得ない!って。
自分が亡くなったり、我慢したりすることで、社会が回ったり、誰かが生きられるということを否定しています。
誰もが生きるために存在しているはず!って。
そんな価値観は、人間が人間として生きていくために、否定しなくてはいけない!!
戦後、この国は0から復興したというなら、-からやり直さないといけない!
サブタイトルにある、一旦マイナスにしてから、「生きて抗え!」です。
※保育士的には、戦後保育士の自己犠牲の元に、高度経済成長が達成され、近代化が進みました。
無理をして働きすぎた保育士が、10年20年働き続け、次々と倒れていきました。
経済成長期から最近まで、過労死や過労病が問題視されることがありましたが、保育士にも同じようなことが起きていました。
でも、当然ですが、個々の保育士にも、人としての想いもあったはずですし、生きる権利や幸福を追求する権利がありました。
これは異常なことです。
理念やポリシー(主体性と言ってもいいかも?!)が無いことを否定する
戦後、0から復興したと言われるこの国ですが、人間的にも成長し、人間的にも近代化されたのでしょうか?
物質的には発展したのかもしれませんが、肝心な人としての精神は、成長したのでしょうか?
ゴジラは映画で、上陸した後、銀座を破壊します。
それがなぜか私は心地よく、『もっと壊せ~!』と思ってしまいました😨
それは私の個人的な、闇かもしれませんが、、苦笑
それはさておき、、
戦後の
ゴジラ、と私は捉えました。
(銀座という地域自体を否定している訳ではないです汗)
経済発展や近代化の象徴である、今の銀座の繁栄に、この国の理念やポリシーはあるのか?(もしくはあったのか?)
戦勝国であるアメリカの庇護のもと、顔色をうかがうしかなかったし、価値観を押し付けられたら、その通りに右から左へ受け流すしかありませんでした。
ここに、今のこの国の不幸があります!
それを埋め合わせるためには、ひたすら経済という数字や物質的な価値に求めるしかありませんでした。
その後、護ってくれて、頼る国が精神的には去った後、低経済成長期になり、理念が無く、宙ぶらりんになって、自分個人を守ることだけに専念するようになりました。
映画では、追い詰められた専門家が個々の仕事の中で、可能性の低いことでも、精一杯の努力で応じようとしています。
それが、上手くいくかいかないか、自分にとって得か損かなんて関係がない、多くの人のために自分として何をすべきなのか考え、
それが、
それは、アメリカの庇護が外れ、外圧が効かなくなり、自国で考えなくてはいけなくなった状況に追い込まれ、戦後初めて人間が本来もっている、社会性や価値観が発揮された姿に見えます。
そういえば、シンゴジラにも、そのようなシーンがありましたね。
(自立だけじゃなく、)協力や助け合いを肯定する
映画では、自分の子どもではないにもかかわらず、我が子のように育てようとする人々が現れます。
現代ではあり得ないこと?!かもしれません。
戦中ということで、みんな大変で、困ったらお互い様が当たり前にあったのかもしれません。
なのに、戦後この国では、1人で生きていくために自立に重きを置く教育をしてきました。
この国に生まれて大人になったら、1人で稼ぎ、1人で生きていけるようにと。
でも、
ゴジラ襲撃までいかなくとも。
それでも、1人でどうにかしないといけないと言われたら、どうなるでしょうか?
映画のように、追い込まれると、人は生きていくために人として本来持っている、助け合い(社会性)が発動されるようです。
それは、国が経済発展しようが、物質的に豊かになろうが同じで、必要なことなのでしょう。
いつも困ったらお互い様。
孤立や不幸を招く、自立ばかりではなく。
まとめ
いかがだったでしょうか☺
今回の『ゴジラ-1.0』は、様々なメッセージが込められていると思います!
私はそのメッセージに惹かれましたが、
もちろん、単純にエンタメとしても楽しめますし、それでもいいと思います☺
子どもも、現実と架空の世界の区別がつくようになる、年長辺りから楽しめるのではないでしょうか。
私の考察自体は間違いだったり、他にもメッセージが隠されているかもしれません。
制作された方々は、今回のゴジラ-1.0という映画のメッセージを、誰に一番伝えたいのかを私なりに推測してみますと、
若い人達ではないなあって笑
損得だけで行動したり、お金や物質的な価値観を押し付けず、若い方々が、人間として本来持っているはずの価値観や社会性が発揮出来るように、邪魔をしないように!というメッセージを私は感じました。
もし、そのような人としての価値観なしで生きる、利己的な人が増えたら、フラットにするために、またゴジラが現れるかもしれないよ!と😓
最後に、彼女?!に再開出来るのは、ちょっとあの状況ではあり得ないのでは?!と一瞬感じましたが、それだと戦中の個人の自己犠牲によって、組織を(国を家族を)成り立たせようとする思想になってしまうので、とても納得でした。
最後まで、【子どもにお勧めの映画】ゴジラ-1.0は、誰を対象にした映画なのか?!をお読みいただきまして、誠にありがとうございました☺
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〈子どもが困らない世界を広げるために ここま〉
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