こんにちは☺ いつも子どものみかたブログをお読みいただき、ありがとうございます!!
今回は‟集団を一度に動かす保育士”について考えてみたいと思います。
新人の保育士さんから見ても、いい保育士って全体を見て、一度に集団を動かせるっていうイメージがあるかもしれませんが、本当にそうなのでしょうか?!
発達などの観点から考えてみたいと思います。
検証してみます
集団を一度に動かす際には、
目の前の子どもの発達段階やニーズを捉えて、
それを評価した上で集団を動かしているのかが、とても重要だと思います。
では、
認知力の面では最低限、大人の指示している言葉の意味がわかる段階であるなど、必要な力がありそうですが、ここではコミュニケーションについて考えようと思いますので、対人面や社会性からみてみると、
まず、ベースとして自分のことを無条件に、周囲が受け入れてくれた過程が先にあって、大人との間で基本的信頼関係が築かれていることが必要です。
無理やりでも嫌々でもなく、内発的に自分からです☺
他には、まだ自分だけでは判断がつかず、意思を明確に示すのが難しい場合は、どうしていいかわからないから従っているということもあります。
3歳児辺りによく見られる姿ですが、何となく指示に従うという段階です。
それを成長と捉え、自我がより成長する4歳児になっても、指示に従うことを強く要求してしまうことがあります。
ある意味では、主張が強くなり、自我が成長したということで、前向きなことにもかかわらず、ネガティブなこととして、言うことを聞かなくなったと、誤った評価をしないように注意が必要です!
誤った評価をしてしまうと、保育者の指示通りに集団を動かそうと、力関係を頼ってしまうことになりがちです。
そのような発達を無視した状態では、必ずしもいい支援者とは言えないでしょうし、それは保育士の専門性がなくても、声が大きかったり、威圧感を与えることが出来る人なら、可能なのかもしれません。
しかし、
命にかかわるなど緊急の場合を除いて、体を制限して止めたり、大声や罵声、体罰による保育は虐待ですし『そんなことをしたら~しないよ!』と脅しによる保育も精神的虐待に当たる可能性があります!
〈保育士による虐待を防ぐにはどうすればいい?!〉
このような話でよく言われるのが、学校に行けば先生のいうことを聞かないといけない!とか、そんなことでは社会で通用しない!って言われることがありますよね。
でも、
その機会を逃さずに、対人関係や社会性が伸びる保育をすることが保育士の重要な役割りです。
まだ自分に不満があり、周囲に自分の事を理解してもらえていないと思っている状態だと、人のいう事を聞きにくくなります。自分の言うことを聞いてほしいという状態では、相手の声に耳を傾けるのは、難しくなります。
(本当は、保育において絶対という言葉は、あまり使いたくはないのですが、、)
それが、もし自分よりも相手のいうことが先!という育ちになりますと、無理をさせられたことでそれを取り返そうと、大人になってから社会性の問題や不適応として現れる可能性があります。
指示に従えないからと子どもの『今』を否定するのではなくて、他者に興味関心が持てるように成長のきっかけ作りをしておいて、時には子どもの成長発達を信じて待つことも、保育者として必要なことです。
〈参考記事:【保育のねらい(社会性)】乳幼児期に重要な社会性(人間関係)の発達とは?〉
集団を動かせるいい保育士はいる?!
ただ、自分から興味を持たせることで、幼い集団を動かすテクニックもあります。そのような保育士も中には居ます☆
それこそが、目指すべき保育士の専門性です!
そして、
そう考えますと、この国で子ども主体のまともな保育をするのは、とてもハードルは高い!と思っています、正直。
それを経験の浅い保育士に求めるのは、ちょっとハードルが高く、難しいかもしれません😓
本当の意味でのいい保育士に近づくためには
ただ、もぢ新人だったりして経験や知識があまりなかったとしても、働き方次第で理想に近づく事は可能です。
具体的に示してみると、
みたいな感じでしょうか。
保育を一日頑張って終わった帰り道に、歩きながらや電車の中で、振り返るだけでもいいと思います☺
手間でなければ、保育日記をつけるのもいいのかも。
運転しながらの振り返りは危険なのでやめておきましょうね😓
地道な道のりの繰り返しですが、それしかないのかも?!
【結論】
いかがだったでしょうか?
色んな考え方があるとは思いますが、
集団を一度に動かせる保育士がそのままいい保育士!であるとは言えないですが、目の前の一人一人の子どものことを理解した上で、
というのが私の結論になります☺
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